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七宝町七宝焼生産者協同組合

更新日 平成28年4月4日

あま市のスゴ技
生き残った尾張七宝の魂を見よ
トップイメージ

名の無き名品

梶常吉の写真

七宝焼は、金属の表面に色とりどりのガラス質の釉薬をのせて焼き付けたものであるが、その始まりは古代エジプトからヨーロッパ、中国を経て伝わったとされる。
現在知られている近代七宝焼は、オランダからの七宝皿をもとに、尾張藩士梶常吉が製法を確立したものだ。噂を聞きつけ、技術の教えを乞おうとやってきた者に対し、常吉は一札を取った上で技術を伝えた。他言しないよう一筆書かせたことによって、村全体の結束は深くなり、農家の二男三男による産業としてこの地に根付いた。
「七宝焼はほかにも京都など全国に産地があるけれど、ここの尾張の七宝焼には名前が記されていないのが特徴ですね」と七宝町七宝焼生産者協同組合の服部良吉さん。
この地の人々にとって七宝焼は、芸術ではなく産業であった。おおらかな風土の中で、七宝焼は何世代にわたって受けつがれていったのだ。

みんなの七宝焼へ

こうして始まった尾張七宝焼の歴史は、1867年に開催されたパリ万博への出品により、七宝焼の名は世界に広く知られるところとなった。ところが、我が国の相次ぐ戦争とともに、存亡の危機に立たされる。昭和15年には、贅沢品を禁ずる「七・七禁令」(奢侈品等製造販売制限規則)によって製造中止に。七宝焼の名は、戦争の混乱とともに消えていった。
「ここで、歴史が途切れてしまうのが普通です。でも、1943年に新しく着任した愛知県知事(宮城出身の官選知事)・吉野信次さんが赴任早々に『七宝焼はどうなってる?』と尋ねられ、地域の大事な産業だからと、今でいう特殊法人を作って、細々と七宝焼を作らせた。今こうして七宝焼の歴史がつながっているのも、立派なお役人さんがいらっしゃったからなんです」(服部さん)。
調べてみると、吉野信次は、大正デモクラシーを先導した政治学者・吉野作造の弟。第三次鳩山一郎内閣では、運輸大臣を務めていた人である。七宝焼のことまで細かく目を行き渡らせた稀なる賢人のおかげで、七宝焼は再び息を吹き返すことができたのである。

あま市七宝焼アートヴィレッジ

「今、あま市では、会社・個人合わせて10軒が七宝焼関連の仕事に従事しています。困難を経て伝え継がれてきた伝統ですので、我々がその灯を消すわけにはいかない。まずは、いろんな方にもっと七宝焼を知ってもらって、親しんでもらえるようにしないと」。
あま市七宝焼アートヴィレッジでは、生産者協同組合の職人が交代で実演、体験教室を行っている。
「七宝焼は初心者から上級者まで楽しめる魅力があります。すぐに完成するから気軽に体験しに来てください」。わざわざ遠方からグループで来る人も多いという人気の教室、これはぜひ体感してほしい。


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体験教室の作品


体験教室は当日受付可。60分、90分、120分コースがある。
受講費は1000円~(材料費込み)。


アートヴィレッジ内


導体展示ゾーンでは生の職人による七宝焼の製作工程を見学できる。


アートヴィレッジ展示室内


館内には多くの名品が展示されている。
大きなものでは人ほどの大きさの作品もある。


七宝焼のタイル絵


入口には七宝焼で作られたタイルの絵が飾られている。


 

会社概要
七宝町七宝焼生産者協同組合
(あま市七宝焼アートヴィレッジ内)

所在地 : あま市七宝町遠島十三割2000番地
URL : http://www.shippoyaki.jp
電話 : 052-443-7588
開館時間 : 9:00~17:00
休館日 : 毎週月曜日、祝日の翌日(翌日が月曜日の場合はその翌日)、年末年始
ご利用に関する詳細につきましては、ご確認ください。

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ページのお問い合わせ先

建設産業部 産業振興課 【七宝庁舎】
あま市七宝町桂城之堀1番地
電話:052-441-7114 ファクス:052-443-2571
Eメールでのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。

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