国指定文化財:彫刻

ページ番号1004704  更新日 平成31年2月5日

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鉄造地蔵菩薩立像(てつぞうじぞうぼさつりゅうぞう)

地蔵写真

 寛喜2年(1230)作で像高は157.4cm。中橋地区の法蔵寺(ほうぞうじ)の本尊で、江戸時代より子安延命地蔵として広く信仰されている。右肩背後に銘があり、「一切衆生成仏得道也寛喜二年庚刁八月…」とあり、寛喜2年(1230)に作られたことが明らかにされている。鎌倉時代の初頭にあたり、在銘のあるものの中では最古の部類に入るものである。
 法蔵寺の縁起によると、もともと本像は蓮華寺の東門近くに安置されていたが、蜂須賀正勝が永禄2年(1560)桶狭間の戦いの折、戦勝祈願のために持っていこうとしたもののあまりの重さに途中で諦め、かわりに錫杖(しゃくじょう)を持参したと伝えられている。置き去りにされたのが中橋の地で、この地で地蔵尊を祀ることとなり、法蔵寺が建立されたという。
(昭和46年6月22日指定)

木造愛染明王坐像(もくぞうあいぜんみょうおうざぞう)

愛染明王坐像写真

 かつて甚目寺三重塔内に安置された像で、体色は赤く獅子を頭に載せ、3つの眼、6本の腕をもつ。鎌倉時代の作風といわれ、伝承によると弘安7年(1284)に稲沢市の性海寺より甚目寺に移されたという。像高は102cmだが、近年の調査で胎内に10cmほどの合子が見つかり、中に像高6.6cmの胎内仏が確認された。胎内仏は「五指量愛染像(ごしりょうあいぜんぞう)」と称され鎌倉時代以降全国で作られたが、これまでは単体か球体に入っていた例しか見つかっておらず、甚目寺のように胎内に収められた例は初めてとのことで、とても貴重な発見である。
(平成24年9月6日指定)

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